遺言書は、日本においても、多くの皆さんが、その必要性と重要性を認識し、その作成件数が増加しています。遺言書の作成は、私たちにとって以前より身近な存在になっています。それでは、本稿のテーマである「残念な遺言」とは一体どういうものを皆さんは想像しますか? 例えば、「この財産を貰えると思っていた長男が、遺言書では次男に承継指定されていたため、当人は大変がっかりした」等、承継する相続人等の方々が、失望を伴う内容のものを指すのでは?と考える方もいらっしゃるかもしれません。しかし、本稿で取り上げる「残念な遺言」とは、そうではありません。それは、「遺言書の指示内容に従う相続人の皆様が、その対応に苦慮する」もしくは「判断に困る」という遺言書のことを、本稿では「残念な遺言」と定義します。相続人の皆様にとっては、自分の希望に添わない遺言内容であっても、対応と手続き面において、苦労を要さない内容の方が、確実に好ましいはずだからです。それでは、「残念な遺言」につき、ひとつの事例と文例を挙げて一緒に考えて見ましょう。
1. 条件を付ける遺言
例えば、次の背景を考えて見ます。「先代から町の病院経営(医療法人X医院)を引き継ぎ、開業医であるAさん。Aさんの推定相続人は、妻Bさん、長男Cさん、長女Dさん、二男Eさんである。C・D・Eさんは、すでに他業態に就職し、独立した家庭を持っているため、Aさんは、何としてでも、長年、町を支えている病院を身内に継承させたいと思っている。X医院について、将来は、かわいがっている孫のPさん(Cさんの長男、高校1年生)に事業を引き継ぎいでもらいたい。そこで、Aさんは、遺言書に以下の内容を記すこととした。
:『遺言者は、遺言者の孫Pが、医者としてX医院の専属医師になることを条件に、Pへ不動産(甲マンションの1室)と金融資産(Y銀行の定期預金50百万円)を遺贈するものとする。その他の遺言者の財産については、相続人の皆で話し合って、分割を決めよ。』
この遺言は、停止条件付遺言と言って、孫PさんへのX医院の承継を条件にした遺贈です。法的には問題がなく、有効な遺言内容です。また、Aさんの希望を強く反映した内容であることも当事者は理解できます。ただ、実際にAさんが亡くなり、遺言の効力が発生した後のBさん等相続人の対応を考えると次の点を考慮していけなければなりません。
① Pさんの就職(進路)が決まるまでの期間、指定された財産はどう扱えばいいのか。
② Pさんが、将来どの道を歩むのか不確かな状況下、遺言者Aさんの希望とは違う進路を選択したときの財産の行方はどうなるのか。
③ 仮に、Bさん等の相続人が、Aさんの遺言内容とは違う形での相続財産の処理を望むとしたら、どういう点に気を付けなければいけないのか。
以上のことを考慮すると、有効な遺言ではあるのですが、不確かで不安定な条件を相続人等当事者の方々は受け止めなければならない一方で、Aさんの意志とは別に、Pさん自身の進路意向や各相続人等の方々の対応方針や捉え方が交錯し、遺言実現の観点からは難度の高いものとなってしまいます。
2. 条件を付ける遺言の問題点
まず、①について、考察してみます。Pさんが将来取得予定の不動産や金融資産については、その管理については、遺言で特段の指定が付されていない限り、その条件(医師就任)が成就するまでの期間、法定相続人の方々が、自分たちの共有財産として責任をもって管理していくことになります。特に不動産等は、それなりに労力と神経を使う事務を長期間強いられると思います。少し極端ですが、PさんのX病院への医師就任が、本人の意思とは別に30年以上確定しないことだって全くあり得なくはないです。次に②についてですが、もし、Pさんの進路決定がAさんの希望とは違う形になったら、条件不成就のため、この遺言内容部分は無効となります。無効となると、指定された承継予定財産については、全ての法定相続人が別途遺産分割協議を行い、帰属先を改めて決めなくてはいけません。この協議も、すんなりと決まるとは限りません。最後に③についてです。未成年者Pさんの親であるCさんが、遺言の内容を見た時点で、 「Pさんへの遺贈は、なし」に出来ないか、そもそもPさん自身は自分の将来について違う夢を持っているということを、ここで想定してみます。通常、このような特定遺贈の場合、その受遺者は、受遺について任意に承諾と放棄を選択できます。しかし、受遺者Pさんは、未成年です。Aさんの相続発生時に、まだ、未成年者の場合、遺贈の放棄については、法的な行為のため、それを単独の意志では実現できません。通常、未成年者の法律行為は、親権者である親が法的な代理人の立場で行います。ただ、本事例の場合、問題があります。それは、親であるCさんによる遺贈放棄という代理行為が、Cさん自身の利益増加に繋がる可能性が高いため、Pさんが受けられるはずの利益とは、相反関係に成ることです。結果、Cさんの意思によるこの遺贈の放棄の行為は、できません。法的には、こういった「利益相反行為」に該当すると見做される場合、家庭裁判所を介在させて、Pさんのための特別代理人(第三者)による判断・意思決定に委ねられます。特別代理人は、家庭裁判所と共に、未成年者Pさんの利益保護を前提に事の良し悪しを判断することになります。つまり、Cさんの思惑とおりにいく保証は全くありません。①から③までを概観すると、AさんからPさんへの遺贈部分は、他の相続人にとって、半ば、「聖域化」してしまうのです。
3. この遺言については、何が『残念』なのか。
今までの解説文で分かるように、遺言者Aさんの意志と希望とは裏腹に、残された相続人等の方々は、その後の対応と判断に苦慮することが想定されます。その内容のスムーズな受け入れと、その後の円滑な手続きに難を残す遺言内容となっているからです。極論すると、このまま、上記のような遺言書を遺すことは、Aさんの自己満足の域を超えていないと思われます。何故なら、残された者の立場や置かれる状況を勘案していないからです。特に、このような断定できない不確かな条件を付けた遺言の実現のためには、将来、想定される事態を勘案した内容を補足しておかなければなりません。本事例では、結果的に、その配慮が欠けている遺言であること、そのことが「残念」なのです。 配慮のある遺言書にするためには、少なくとも「もし、Pが違う進路を希望し、X医院に就職しない場合は、○○に対象財産を相続させる」といった内容の予備的な条項を記しておくべきです。また、Pさんの進路が決定するまでの期間については、「○○が対象財産を責任をもって管理すること」といった、補足的な条項を記述しておくべきです。これらの条項を遺言に加えておくことで、残された相続人等の方々の混乱は軽減され、その内容をより受け入れ易くなると考えます。
4. 遺言を記す者の意図を確実に実現させる工夫
遺言者が遺言書を作成する際に、特に意識しなければならないことは、残された相続人等の方々が、極力、「話し合わなくて済むような内容にする、もしくは話し合いの余地を少なくする内容にする。加えて、解釈と対応に困らない内容にする」ことが重要です。「こう書いてあるけど、この部分はどう対応したらいいのか。また、この部分は、どう判断したらいいのか」といった皆の捉え方が分かれてしまうような内容は回避すべきなのです。 そして、基本は全財産につき確かな承継先をはっきり指定しておくこと。文例のような、「その他の部分は皆の話し合いで・・」といった記述もあまり望ましいものではありません。話し合いが円滑なものになるとは限らないからです。
なお、遺言の原則は、相続人等当事者が全員合意しない限り、遺言の内容とは違う遺産の分割をできないということも大きなポイントです。逆に言えば、少なくとも、それに納得する人間が1人でもいる限り、その内容に皆が従わなければならないということです。遺言を記すことにより、その内容・出来如何によっては、遺言者の意思が実現しない、もしくは意図しない争族に繋がってしまうこともあるのです。全員の納得感を得ることは難しくても、分かり易く、判断に困らない内容で記すことが、遺言書を遺す者の最低限のマナーと言えます。
当事務所では、皆様の遺言書作成につき、全面的にバックアップ致します。文面の法的な考え方を含め、皆様の考えが反映され、スムーズに財産承継される内容にすべく、トータルでアドバイス致します。是非、お気軽に、一度ご相談ください。