残念な遺言は、遺すべきではありません!

「残念な遺言は、遺すべきではありません!」

  遺言書は、日本においても、多くの皆さんが、その必要性と重要性を認識し、作成件数が増加しています。作成が増加している遺言書ですが、それでは、本稿のテーマである「残念な遺言」とは一体どういうものを皆さんは想像しますか? 例えば、「この財産を貰えると思っていた長男が、遺言書では次男に承継指定されていたため、大変がっかりした」等、承継する相続人等の方々が、失望を伴う内容のものを指すのではと考える方もいらっしゃるかもしれません。しかし、本稿で取り上げる「残念な遺言」とは、そうではありません。それは、「遺言書の指示内容に従う相続人の皆様が、その対応に苦慮する」もしくは「判断に困る」という遺言書のことを、本稿での「残念な遺言」と定義します。 相続人の皆様にとっては、自分の希望に添わない遺言内容であっても、対応と手続き面において、苦労を要さない内容の方が、確実に好ましいはずだからです。 それでは、文例を挙げながら、「残念な遺言」のひとつについて一緒に考えて見ましょう。

1. 条件を付ける遺言
例えば、次の背景を考えて見ます。「先代から町の病院経営(医療法人X医院)を引き継ぎ、開業医であるAさん。Aさんの推定相続人は、妻Bさん、長男Cさん、長女Dさん、二男Eさんである。C・D・Eさんは、すでに他業態に就職し、独立した家庭を持っているため、Aさんは、何としてでも、長年、町を支えている病院を身内に継承させたいと思っている。X医院について、将来は、かわいがっている孫のPさん(Cさんの長男、中学2年生)に事業を引き継ぎいでもらいたい。」そこで、Aさんは、遺言書に以下の内容を記すこととした。『遺言者は、遺言者の孫Pが、30歳になるまでに医者になり、X医院の専属医師になることを条件に、Pへ不動産(甲マンションの1室)と金融資産(Y銀行の定期預金50百万円)を遺贈するものとする。その他の遺言者の財産については、相続人の皆で話し合って、分割を決めよ。』 この遺言は、停止条件付遺言と言って、X医院の承継を条件にした遺贈です。法的には問題がなく、有効な遺言内容です。また、Aさんの希望を強く反映した内容であることも理解で きます。ただ、実際にAさんが亡くなり、遺言の効力が発生した後のBさん等相続人の対応 のことを考えると次の点を考慮していけなければなりません。
① Pさんの就職(進路)が決まるまでの期間、指定された財産はどう扱えばいいのか。
② Pさんが、将来どの道を歩むのか不確かな状況下、遺言者Aさんの希望とは違う進路を選択したときの財産の行方はどうなるのか。
③ 仮に、Bさん等の相続人が、Aさんの遺言内容とは違う形での相続財産の処理を望むとしたら、どういう点に気を付けなければいけないのか。

以上のことを考慮すると、有効な遺言である以上、不確かで不安定な条件を相続人の方々は受け止め、Aさんの意志と各相続人等の方々の意向を皆が慎重に判断しなければならなくなります。

2. 条件を付ける遺言の問題点
まず、①について、考察してみます。Pさんが将来取得予定の不動産や金融資産については、条件が実現するまで、法定相続人の方々が、責任をもって管理していくことになります。Pさんが取得するまでは、法定相続人の共有財産扱いになるからです。特に不動産等は、それなりに労力と神経を使う事務を長期間強いられると思います。 次に②についてですが、もし、Pさんの進路決定がAさんの希望とは違う形になったら、条件不成就のため、この遺言内容部分は無効となります。無効となると、指定された承継予定財産については、全ての法定相続人が正式に相続することになります。この時点で相続した対象財産は、法定相続人が別途遺産分割協議を行い、帰属先を改めて決めなくてはいけません。この協議も、すんなりと決まるとは限りません。 最後に③についてです。未成年者Pさんの親であるCさんが、遺言の内容を見た時点で、 「Pさんへの遺贈は、なし」に出来ないかと考えることを想定してみます。通常、例に挙げた条文のような特定遺贈の場合、その受遺者は、任意に承諾と放棄を選択できます。しかし、受遺者Pさんは、中学生です。Aさんの相続発生時に、まだ未成年者の場合、遺贈の放棄については、法的な行為のため、それを単独の意志では実現できません。通常、未成年者の法律行為は、親権者である親が法的な代理人の立場で行います。ただ、本事例の場合、問題があります。それは、親であるCさんによる遺贈放棄という代理行為が、Cさん自身の利益増加に繋がる可能性が高いため、Pさんが受けられるはずの利益とは、相反関係に成り得ることです。Cさんの意志のみによるこの行為は、後々問題ありとされる可能性が十分にあります。法的には、こういった「利益相反行為」に該当すると見做される場合、家庭裁判所を介在させて、Pさんのための特別代理人(第三者)による判断・意思決定に委ねられます。特別代理人は、未成年者Pさんの利益保護を前提に事の良し悪しを決めることになります。結果、Cさんの思惑とおりなる保証はなくなります。

3. この遺言については、何が『残念』なのか。         
今までの解説文で分かるように、遺言者Aさんの意志と希望とは裏腹に、残された相続人 の方々は、その後の対応と判断に苦慮することが想定されます。その内容のスムーズな受 け入れと、その後の円滑な手続きに難を残す遺言内容となっているからです。極論すると、このまま、上記の遺言書を遺すことは、Aさんの自己満足の域を超えていないと思われ ます。何故なら、残された者の立場や置かれる状況を勘案していないからです。特に、こ のような約束のない不確かな条件を付けた遺言の実現のためには、将来、想定される 事態を勘案した内容を補足しておかなければなりません。本例では、結果的に、その配慮 が欠けている遺言であること、そのことが「残念」なのです。 配慮のある遺言書にするためには、「もし、Pが違う進路を希望し、X医院に就職しない 場合は、○○に対象財産を相続させる」といった内容の予備的な条項を記しておくべきで す。また、Pさんの進路が決定するまでの期間については、「○○が対象財産を責任をもっ て管理すること」といった、補足的な条項を記述しておくべきです。これらの条項を加え ておくことで、残された相続人の方々は困惑せず、遺言をより受け入れ易くなると思いま す。

4. 遺言を残す者の意図を確実に実現させる工夫     
遺言者が遺言書を作成する際に、特に意識しなければならないことは、残された相続人等 の方々が、極力、「話し合わなくて済むような内容にする、もしくは話し合いの余地を少 なくする内容にする」ことが重要です。「こう書いてあるけど、この部分はどう対応したら いいのか。また、この部分は、どう判断したらいいのか」といった皆の意見が分かれてし まうような内容は回避すべきなのです。 そして、基本は全財産の承継先を指定しておくこと。文例のような、「その他の部分は皆 の話し合いで・・」といった記述はあまり望ましいものではありません。 遺言の原則は、相続人等当事者が全員合意しない限り、遺言の内容とは違う遺産の分割をできないということです。逆に言えば、少なくとも、それに納得する人間がいる限り、そ の内容に皆が従わなければならないということです。遺言を記すことにより、その内容によっては、遺言者が意図しない争族に繋がってしまう こともあるのです。全員の納得感を得ることは難しくても、分かり易く、判断に困らない 内容で記すことが、それを遺す者の最低限のマナーと思います。

当事務所では、皆様の遺言書作成につき、全面的にバックアップ致します。文面の法的な 解釈を含め、皆様の考えが反映され、スムーズに財産承継される内容にすべく、トータル でアドレス致します。是非、お気軽に、一度ご相談ください。