「私がしっかりしているうちは、側にいて生活支援してやれるが、私がいなくなった後のこの子の生活はどうなるのか」と将来を憂いている親御さんは多いと思います。
実際日本において、所謂障害者は現在約970万人ほどいます(身体障害~約440万人、知的および精神障害~約430万人)。今後も増えていくと想定すると全国で10人に1人は何らかの形の障害者と見込めるような状況です。障害者に対する行政的な支援も勿論ありますが、本稿では特に障害を持つお子様の親として、将来を見据えお子様のために事前にとっておくべき対策について考えてみたいと思います。
1.将来の不安要素を想定する
今は良くても、将来親自身に問題が生じた場合やいなくなったときを想定した場合、不安になる要因をまず挙げてみます。主に知的・精神障害のケースを中心に考えますと以下のようになります。
①障害者福祉施設への入所も想定した、子の生活資金確保(年金の補足資金準備)
②子の財産管理と法律行為について(お子様の判断能力に難がある場合)
③自分自身の健康悪化や不測の事態発生時における対処
大きな要因を挙げると以上の項目になると思います。その他、それぞれの家庭の構成や事情、本人の障害の種類等により、異なる不安要素も勿論いろいろあると思います。「もし、このような事態が生じたら、誰がどのような対応をすべきか。いずれにしても本人の生活環境はどういう形にするか」等、いろいろな場面を想定し対策を事前に講じることが、今の生活に大きな安心感をもたらすことができます。
2.想定毎の対策を考える
(1)必要資金等の確保
まず上記①の生活資金の確保について考えてみます。親御さん自体の不測の事態発生をも想定しなければならない状況であるため、極力リスクを抑えた保守的な資産運用や蓄財方法を志向すべきと考えます。地道に蓄え、確実に残す考え方を中心に据えたうえで、子の長生きを想定した適切な方策(例えば、子を受取人とした年金保険契約等)も検討します。もし、収入面において十分な蓄財等が厳しいということであれば、終局的に子が生活保護を受ける必要が生じた場合も考えておくべきです。(やや極端な話ですが、その場合誰に相談し、申請を誰に任せるか等も検討しておきます。)この点含め日頃から行政サイド(社会福祉協議会、支援センター等)の担当者と接し情報取得しておくこと等も重要です。また、将来の入所生活も想定し、障害者保護施設の選別も費用面含め早めに目途を付けておくべきです。
(2)子の財産管理と法律行為について
将来、親御さん自身も認知症等健康面で問題がでたとき、亡くなったとき等に備え、生活資金確保以外の面で生活支援対策をとることも必要です。意思能力・判断能力に問題がある場合、生活していくうえで大切な「法律行為」ができません。お金を使うことのみならず、同意事項等印鑑押印の必要がある、不動産等財産を処分する、行政に申請をする等単独での行為に支障が生じます。このことは、特に子が成人して以降の手続きについてが問題です。
この場合、事前の対策として「成年後見制度」と「家族信託」の活用が考えられます。成年後見制度は周知のとおり、子の代理人として法律行為をする権限を与えるものです。子が保有する財産の管理をはじめとして、その処分行為や諸々の契約行為、身上保護等をカバーできます。任意後見の場合、後見人は家族や親族もしくは知人等自分の信頼のおける人間を当事者間で決めることができるとういうメリットがあります。家庭裁判所が指定権限をもつ法定後見の場合は、第三者が後見人に就任する可能性があること、費用負担も相応に覚悟する必要があること等、できるなら任意後見の利用が適切と考えます。加えて、任意後見制度では、その代理権の範囲や内容も当事者間で決めることができる、任意後見契約発動のタイミングも当事者間で決められるというメリットもあります。
一方「家族信託」は子の財産管理面のみのカバーになりますが、後見制度にはない機能を有していることが特徴です。親御さん自体の万が一の事態(認知症等発症や死亡等)に備え、信頼できる家族や親族等に元気なうちにご自分の財産管理を任せ、子の生活費用支出や施設入居費用捻出のための不動産等の売却事務を家族信託で任せられます。最終的な残余財産の承継先も指定できます(遺言的な機能)。任意後見との併用も適切な対応であり、親として将来の安心を付与できる生前対策となります。
(3)親御さん自分自身の健康悪化や不測の事態発生時における対処
その他にも、ご自分の万が一を想定したときの対応として適切なものがあります。
・遺言書を作成しておく~遺言書を残さない場合、ご自分の相続財産については、
遺産分割協議で承継先を相続人全員で決めなければなりません。判断能力に問題
がある子は、後見人が付いていない場合、相続人であっても有効な話し合いがで
きません。やはり、財産を託す人(配偶者や他の家族、親族等)を遺言で指定し
ておいた方が、障害を持つ子が話し合いや手続きに関与する必要のなくなるため
、皆が悩まずに済みます。配偶者以外の人に財産承継の指定をする場合は、負担
付き遺言がいいかもしれません。例えば「○○に金融資産を相続させる。ただ
し、その負担として、○○は△△(障害のある子)の健康状態を管理し、△△に
月○万円の生活費を支給すること」といった遺言内容を検討します。
・尊厳死宣言公正証書を作成しておく~これは、ご自分が重病等で医療的な延命措
置を取らない限り生命の維持ができなくなったときに備え、「自分に対する延命
措置は取らないでほしい」と公正証書で記しておくことです。法的には効力を持
たないものですが、本人の意思として、医師もその内容を尊重することが多いで
す。このような生命に関する判断は、ギリギリの局面での医療的判断は、家族が
その最後の砦になるのですが、もしその家族が障害を持っている子しかいないと
きは、その大切な判断ができません。加えて、その介護や療養行為事態もその子
にはできません。そのようなときの備えになるのが尊厳死宣言公正証書です。
・死後事務委任契約を締結しておく~もし、ご自分の葬儀の手続きにつき障害をも
っている子以外にそれを任せる適任者がいない場合、第三者とこの契約を結び葬
儀や行政手続き等をその第三者に委任するものです。
3.最後に
以上、障害を持つ子の将来を心配する方々にいくつかの対策について考えてきました。家族によって様々な事情があり、悩みの内容、対応方法もそれぞれ異なると思います。しかし、いずれにしても「子に安心した生活を送らせてやるため、もしこうなったら、こういう対応を」と常日頃意識し、先手を打って備えるべきと考えます。
当事務所は、上記のような悩みや不安のあるご家族に少しでも安心な生活を送っていただくために、課題解決に尽力したいと思っております。お気軽にご相談ください。