現代の国家的問題として、クローズアップされているもののひとつに、所有者不明土地の増加 というものがあります。この所有者不明土地の定義は、以下のようになっています。 ① 不動産登記簿により所有者が直ちに判明しない土地 ② 所有者が判明しても、その所在が不明で連絡がつかない土地 こういった土地が、日本国土の約24%を占めているのです。所有者不明土地は、多くの問題を抱えています。例えば、「土地の流動性が無くなり、そのままの状態で放置される」「そのまま放っておくと、数字相続により所有者(相続人等)が増え続けていき、管理や処分手続きが困難になる」「放置されたままのため、近隣の迷惑になる」「有効活用ができなくなる」等。
こういった土地が増加する最大の原因は、相続登記(所有者の相続発生を機に、所有権を相続人等に移転する登記)が未了であることです。加えて、所有者の住所移転に伴う住所変更の登記が未了であることも次の原因となっています。背景には、相続が発生し、土地等の不動産を承継しても、使い勝手がなく、相続人がそのまま何らの対処もなく放置しているケースも多くあると考えられます。国としては、この問題を重く受け止め、こういった土地の増加を抑制すべく民法等の改正を通じて、対策に本腰になりました。本稿では、この所有者不明土地への対応を中心に令和3年になされた民法等の法改正の重要ポイントを抜粋し、整理したいと思います。既に、相続が発生し、相続不動産の対処を必要とする皆様、これから相続発生が見込まれる皆様にご留意・ご理解頂けたら幸いです。
1 所有者不明土地対策を目的とした法改正の概要
(1) 不動産登記制度の見直し
~相続(特定財産承継遺言含む)や遺贈により取得を知った相続人は、
3年以内に相続登記(遺贈登記)をしなければならない。
この新たな規定は、不動産を相続した相続人の義務を課すことで、所有権者を明確にし、その管理の所在はっきりさせることを目的としています。理由もないのに登記手続きを怠った者には、10万 円以下の過料の課されるという罰則も付けられました。 また、この制度改正には簡易措置も設けられました。それは、遺産分割前で相続不動産を承継する相続人等が決まらない段階でも、自らがその不動産の相続人であることを暫定的に申告する登記 「相続人申告登記」です。この登記でも3年以内に手続きすることで、法改正にもとづく義務を果たしたことになります。いずれにしても、故人の不動産を相続したことを知りながら、不要なこと等を理由に、そのままの状態で見て見ぬふりが出来なくなったことがポイントです。
まとめると、相続に起因する登記には、遺産分割にもとづく登記・遺言書にもとづく登記・遺産分割前の法定相続割合による取り敢えずの登記・相続人申告登記の4つが考えられることになった訳ですが、相続発生後は、どんな形でも何らかの登記をする義務が相続人には課されることになりました。人によっては、過去、先代や先々代が住んでいた、もしくは使用していた等の土地で放置されているものがあるかもしれません。そう言った場合、その土地の近所の住人が不動産登記簿でその土地の所有者を確認し、親族を探したうえで、荒れ果てた土地や建物についてなんとかして欲しいと連絡があったらどうするかを想像してみてください。何代前の相続であろうと、もしその人が相続人の1人であることをはっきり認識した場合、その時点から、登記義務が発生し、管理責任が明白になってしまいます。行政サイドもそういった住人の声を無視する訳にはいかないかもしれません。
(2) 放置された所有者不明土地に対する付随的な改正措置
放置された不動産については、複数人による共有状態となっているケースも多いのですが、その不動産の処分方法を検討する場合は、基本、共有者全員の合意が必要になります。しかし、中には共有者の一部が所在不明等の場合があり、他の共有者が処分したくてもできないケースもあります。そこで、今回の改正措置では、新たに2つの制度を設けました。 両制度とも裁判所の手続きと決定を要しますが、所在がはっきりしている共有者のみの合意もしくは判断で、①所在不明の共有者の持ち分を他の共有者が取得できること(1人の共有者の判断でも可能)②所在不明の共有者の同意はなくとも、その土地について第三者への全部譲渡ができること(他の共有者全員の合意必要)の2つです。 これらは、放置されている土地に流動性を与え、共有状態の解消と前向きな再利用を促す画期的な制度改革と言えます。ただし、相続を起因とする共有状態の土地については、相続開始から10年を経過しないとこの制度を利用できないこと、取得や売却に伴う所在不明者の持ち分相当金額は、供託に付され、所在不明者にはその請求権が保持されることに注意が必要です。
(3) 相続した不要な土地を手放すための相続土地国庫帰属制度の創設
また、相続したはいいけど、承継する土地の所有を相続人の全てが望まない場合の対応として、「相続土地国庫帰属制度」が制定されました。これは、遺言による承継を含め土地を相続した相続人の意向で、当該土地を国の管理下に帰属させることを可能としたものです(共有状態の土地の場合は、共有している相続人全員による申請必要)。買い手も見つからない、利用価値もなく管理負担のみ負うといった遊休不動産の対策としてありがたい制度のひとつと考えられます。なお、建物が存在する土地や土壌汚染がある土地等はその対象からは外れること、国が負担する管理費用を一部納付する必要があることにも注意が必要です。細かい制度概要は本稿では省きますが、相続人にとっては、憂鬱な問題の解消策になると思われます。
2 その他、相続等に関連する法改正
今回の法改正では、所有者不明土地の対策に加え、相続・共有物の扱い等についても改正がな されています。本稿において全ては網羅できませんが、相続の場面で重要な改正ポイントについて触れて見ます。
(1) 遺産分割に関する見直し
相続が発生すると、故人が有していた相続財産(厳密には、可分債権以外の相続財産)は、即座に相続人全員による「遺産共有」の状態となります。勿論、法定相続人が1人だけならば、共有とはならず、全財産を単独承継することになる訳ですが、法定相続人が複数人いる場合が遺産共有です。この遺産共有状態を解消するための方策は、次の3つです。①遺産分割協議による分割②遺言書にもとづく遺産分け③話し合い等で決まらない場合の裁判所の判断による分割です。少し分かりずらいのですが、遺産共有の状態では、各相続人は相続財産の確定的な所有権は得ておらず、相続分に応じた持ち分共有権を有しているという考え方です。しかし、何らかの理由で、共有状態解消のための上記の3つの対応をせず、遺産共有状態を長く放置していることも多く見られます。そのことは、共有関係の解消を更に難しいものにしており、結果、所有者不明土地の増加の要因のひとつともなっています。 そこで、この遺産共有状態の早期解消を促進するべく、対策が講じられました。
新民法904の3~「相続開始から10年を経過した後にする遺産分割は、具
体的相続分ではなく、法定相続分又は指定相続分による」
ここで、条文を読み解くための予備知識を補足します。それは「相続分」という考え方です。本来、遺産分割協議による相続財産の分け方は、相続人全員の同意のもと自由に決められるものです。自由と言っても、民法906条では、「遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする」としており、お互いに配慮した分割をせよと規定しています。一方で、各相続人の分割割合の指針ともいうべき基準も民法では定めています。それが、次の3つの 「相続分」という基準です。「この相続分をベースにして、具体的な個別財産の帰属先を決めることが基本」という、あくまで原則的な基準です。
・法定相続分~(民法で定めた画一的な割合~例:法定相続人が子2人な
ら各1/2の割合)
・指定相続分~(遺言により指定された割合~例:長男Aに2/3、二男Bに
1/3の割合)
・具体的(協議)相続分~(上記割合で相続分を算出する際、財産額とし
て特別受益と寄与分等を勘案するもの)
民法における遺産分割協議における終局の基準は、3つ目の「具体的相続
分」によるとしています。これは、相続人の故人(被相続人)に施した療養看護等の苦労に報いるべく「寄与分」 の規定や、故人が生前、遺産分けの前渡しとして贈与した財産である「特別受益」(生計の資本等にさせるといった目的財産の贈与)の規定等を勘案することにポイントがあります。 ただし、「寄与分」と「特別受益」等の適正財産額の認定は相続人全員の合意事項であるため、 往々にして即決には至りません。場合により、遺産共有状態の解消を長引かせることにもなり得ます。この点、新民法904の3は、相続開始から10年を経過したら、法定相続分もしくは指定相続分 による配分割合で行うものとし、遺産分割協議で相続人全員の合意がない限り、割合決定の基準から、具体的相続分の考え方を外してしまうというものです。半ば、本来勘案すべき要素を排除した機械的な遺産分割を促すことにより、早期の遺産共有状態解消を目的としたものと言えます。
(2) 相続放棄者の相続財産管理義務を明確化
これも、より具体的に相続放棄者の義務を明確化した点で、印象深い法改正となりました。旧民法において、相続財産の承継を放棄する者に対しては、「他の相続人等がその財産の管理を始めることが出来るまで相続財産の管理を継続しなければならない」としていました。例えば、誰も所有を望まない遠隔地の遊休不動産についても、所有する相続人等が確定するもしくは相続財産管理人(清算人)が就任するまで、その管理責任からは逃れることはできなかった訳です。この負担義務について次のように明文化しました。
新民法940の1~相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する
財産を現に占有しているときは(※)、相続人又は相続財産の清
算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産における
のと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。 (※)部分に注目してください。つまり、相続財産に不動産があるとき、放棄者がそれを 占有(自分の支配下におき、実際に管理し、利用している状態)していたなら、その 管理責任は、期限付きで継続しますよということです。逆に、占有していなかった不動産なら、放棄と同時に管理責任からは逃れると解釈できる訳です。相続放棄者は、過剰な負担義務から解放される点、意味のある法改正だったと考えます。
3 改正点を振り返って
本稿では触れませんでしたが、今回の改正においては、不動産を含む共有物の管理につ いても、所在不明の共有者の意思確認を要さずに、その変更を可能にする等抜本的な措置を設けたりしもしています。時代の流れとともに、新たに噴出する問題に対して、国として前向きに取り組む姿勢に加え、その対処を効率化する方策を盛り込む等、注目すべき点が多かったと考えます。旧法律の体系が、逆に問題への対処を困難にしていた点に着目し、それを緩和する目的の改正も印象的でした。果たすべき義務は果たし、有効に活用すべきものは活用する。これは、法律の有する大切な本質とも言えます。
当事務所では、皆様の疑問や有する課題についても、法律の規定に準拠し、ソリューシ ョンを提供していきます。お問い合わせ等、お気軽にご利用ください。
(2024年5月31日 文責:小山田真)