遺産分割~意見・主張の食い違いを丸く収められるか?(その1)

遺産分割~意見・主張の食い違いを丸く収められるか?(その1)

1.遺産分割の現実
相続開始を機に、故人の遺産分割という現実に直面します。今まで真剣には考えてこなかったなら、なおさらのことまず何から始めなければならないかという初動についても、困惑する方がいるかもしれません。いすれにしても、共同相続人の皆様で話し合いながら、決めていくことには変わりありません。スムーズに合意が得られることを望むばかりですが、日本では遺産分割に絡み裁判所のお世話になるケースが、年間1万件を超えているという現実があります。このコラムでは、よく聞かれる各相続人の皆様における主張や意見の食い違い、遺産分割の難航に関して触れてみたいと思います。
2.話がこじれてしまう原因
まず、共同相続人の方々が、お互いに意思疎通可能との環境にあることを前提に、話がこじれてしまう3大原因について挙げてみます。
1.お互いに生じた不信感
2.遺産分割について公平感の見解相違
3.聞く耳をもたない相続人の存在
ここで、最初に2に挙げた「遺産分割について公平感の見解相違」から、考えてみたいと思います。遺産分割については、「民法に定めた相続割合を基準に考える」ということをご存じの方も多いです。これが、遺産分割における基本であり、公平な分割の基準であるとの判断は誰しも認めるものです。しかし、考えて見てください。たとえば、3人の共同相続人の方が、それぞれ1/3の法定相続割合を有しているとしたとき、遺産(相続財産)の大半が不動産であり、預金等金融資産が少ないとしたらどうでしょう。金融資産は、法で定めた割合とおりにきれいに分割できます。しかし、不動産はきれいに分割できるでしょうか。勿論3者が1/3のづつの共有とするとの決着もあるかもしれませんが、不動産や自動車等の動産の場合、簡単にその結論に至らないケースがままあります。結論から申し上げますと、こういったケースでの完全に公平な遺産分割はほぼ不可能と当事務所は考えています。なぜなら、「公平」という概念は各相続人ごとに違うことが十分想定されるからです。3人の相続人の方々は、それぞれ成人し所帯を持っているケースも多いと思います。仮に故人(父)が有していた居住用不動産の評価額を2000万円、遺産である現金等を400万円(合計2400万円)と仮定して考えてみます・・・
 ①相続人A(長男)の意見~自分たち夫婦は、母亡きあと病弱な父のこと 
 を思い、父との同居を続けてきた。10年以上、夫婦2人でその介護に努め
 てきた。その苦労を分かってほしい。それを考えると、今後も住み続ける
 予定の父の家は自分が相続するのが当然であり、それが公平と思う。現金
 等いらないので、全て2人で分けて欲しい。

 ②相続人B(長女)の意見~確かに介護してきた事実は認めるが、一方で
 長男はただで父の居宅に住むことが出来た。家賃代の負担がなかったこと
 を考えると、介護したことはなかば当然とも思う。うちは、住宅ローンも
 残っているし、息子の教育費用もまだかかる。長男夫婦のことを考えると
 父の家は長男取得でもいいと思うが、やはり、それに見合ったお金は欲し
 い。それが公平な考え方と思う。長男の主張とおりなら、不公平と思う。

 ③相続人C(次男)~自分は遠くに住んでおり、父の不動産など部分的に
 でもいらないし、逆にそれをもらっても困る。父の家は売却し現金化した
 うえで3等分するのが一番公平な考え方と思う。法定割合に沿った現金が
 ほしい。


いかがでしょうか。3人の「公平」に関する意見や主張が明らかに違います。それぞれの主張の背景にある取得希望額は以下のようになると推察されます。
A(長男)の意見による~長男A2000万円(家)・長女B200万円・次男B200万円
B(長女)の意見による~長男A2000万円(家)・長女B800万円・次男C800万円
      ※ただし、AはBとCに合計で1200万円を自分の懐から代償金として負
       担し、上記BCの取得額に充当する(Aの実質取得分は800万円)。
C(次男)の意見による~全員が各800万円
それぞれの意見や主張を考えた場合、第三者が客観的に見ると、上記の分割方法はどれもある意味「公平」と言えるかもしれません。また、B・Cの考え方はそれぞれ「代償分割」「換価分割」といって、実際によく使われます。しかし、問題はそこにあるのではありません。問題は、それぞれの「納得感」なのです。主張や考え方の違いがある中、遺産をそのまま放置しておくこともよくあります。実際、長男Aは少なくとも遺産分割が完了するまでは、父の家に住み続けることも可能です。しかし、話し合いが一度でもなされた以上、共同相続人それぞれが何もこの問題に手を付けない状態ですっきりした気持ちを維持することができるでしょうか。この例で言うと、父の存命時は別に仲違いせず、普通にコミュニケーションを取っていた兄弟同士でも、遺産分割を機に心の変化が起きてしまうことは、避けられないとも思えます。また、放置して普通に生活してても、時折遺産分割問題が頭によぎる状態では、精神衛生上いいとは言えません。法律では、遺産分割の基準と基本的な考え方を定めている一方で、共同相続人の話し合いによる分割内容取り決めの自由を認めており、遺産分割実施の時期にも制限を設けていない以上、決定的判断を共同相続人の皆様のみに求めるのは、厳しいと言えます。結果、冒頭で申し上げたように、決着を得たければ弁護士や裁判所にお世話になるケースが多くなってしまうのです。時間・労力等負担が大変大きくなるのも仕方がありません。
3.では、どうしたらいいのか・・・
(1)民法の大前提を知る
当事務所は行政書士として活動しており、弁護士の方々とは違い1人の相続人の主張を代弁的に相手方に伝え、その主張を保護するような行為をできません。あくまで共同相続人の皆様全員に中立的な立場にたった法的な助言・アドバイスしかできなのです。しかし、紛争に至ってしまう前に、客観的な助言を聞いてもらうことで、落ち着いた判断を得ていただくケースもあります。例えば、遺産分割における民法の大原則をご存じでしょうか。民法からひとつの条文を抜粋します。
ー第九百六条 遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。
かみ砕いて、相続人の皆様側に立ち、この条文を意訳すると以下が適切と推察します。
「遺産分割においては、お互いが相手の立場や事情・生活状況等を勘案し、思いやりの心をもって、話し合いをせよ」
実際、意図せず裁判になった場合においても、間違いなく裁判官等当事者における重要な判断基準になる条文のひとつと思料します。今後法律が改正になっても、この条文だけは未来永劫生き続けると筆者は強く思います。
ここで、前述の例に遡って考えて見ましょう。長男・長女・次男は、それぞれ「公平で納得できる遺産分割はこうあるべきだ」と主張しています。ポイントは「自分が納得する遺産分割はこうである」ということが前面に出ているということです。なにも自分が全て取得するということではなく、他の相続人の取得分を考慮し公平性を担保したうえでの判断と言われそうです。が、しかし、各主張の根拠は、自分のこれからの生活を最も重視したいわば「自分中心」の判断にあると推測されるのです。民法906条が意図する趣旨とは、少し違うと思われます。なぜなら、条文では「各相続人の一切の事情を考慮して」とありますが、「各相続人が自分固有の事情を主張して」決めよ・・とは定めていないと考えられるからです。
多くの相続人の方は、遺産分割にあたり、まずこの重要条文を理解すべきです。
(2)前述の例で各相続人の個別意見・主張を客観的に考察してみます
まず、長男Aの意見から・・・「自分を苦労して父を介護してきた。その部分を勘案してほしい」を考えます。これは、共同相続人が民法でいう故人への「寄与分」として認め・判断すべきかどうかの問題と考えます。民法のおける寄与分の定義は、
「共同相続人中に、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者があるときは・・・」です。つまり、「長男Aの父への療養看護等の貢献により、父の財産が維持又は増加に繋がった」が判断のポイントになるのです。「父はお金がかかる病院や介護施設入居をしないで済んだ、結果、父の財産は減少せずに済んだ」が寄与分の要件です。
本事例で「寄与分」の取り扱いを実務面で簡単に補足すると、①ABC間でAの寄与分としての取得額を合意決定する②仮にAの寄与分を400万円にするとしたら、遺産総額2400万円から400万円を控除した2000万円を実質の遺産分割対象財産とする③Aが取得する400万円を考慮せずに(別枠扱い)、ABCは2000万円につき法定相続割合等を参考に改めて遺産分割をする です。
ここで注意しなければならないことは、共同相続人間でこの寄与分について折り合いがつかず、裁判になったとしたら、それが認められるにはハードルが高いと言われていることです。なぜなら、民法では、以下のような家族や親族の在り方を定める重要な条文もあるからです。
ー第八百七十七条(扶養義務者) 直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
扶養とは、支えあい助け合うことですが、金銭的な部分のみならず日常生活をカバーすることを含んでいることもお分かりだと思います。
この条文から推察するに、単に「父の移動が必要なときには、車椅子を押して助けてあげた」程度のことは、条文で示された家族である者の「義務」の範囲内であり、なかば家族として当たり前の行動とも言えるのです。法律の専門書の中には、「寄与分」として裁判で認められるためには、そういった通常の扶養義務の範囲を超えた療養介護、例えば「仕事を辞めてでも療養介護を優先した」等の事実が必要との指摘もあります。また、前述の例では、直系血族等ではない長男の妻も義父の介護に協力しています。実は、最近これも「特別寄与分」として民法で定義され、共同相続人以外の親族にも適用される「寄与分」が認められました。
条文では「無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした被相続人の親族は・・」となっており、一般的な「寄与分」が求める要件とほぼ同じとなっています。故人に対する療養介護については、共同相続人の妻等配偶者でも「特別寄与者」として金銭請求が可能となったのです。このことも、話し合いの中で考慮すべきことかもしれません。

ここで、注意しなければならないのは、共同相続人の皆様の話し合いにおいて、いきなり法律に照らして、介護の程度は扶養義務を超えたものだったかとか、介護をした相続人の財産的貢献額はいくらが妥当であるか、自分の妻の貢献はどう考えるか等の議論を正面から展開し結論を急がないことです。裁判でのやり取りではない以上お互い感情的な水掛け論になってしまう可能性があるからです。それよりは、まず「介護は自由も束縛され、大変だったでしょう」とか「みんなの事情や大変さは分かっているから自分が率先してやるべきと思った」といった言葉のやり取りから始める方が、どれだけ相手の心に響き、心を和ませることになるかについては想像に難くありません。こういった気遣いのある声掛けこそが、「お互いの話を冷静に聞き、受け入れる耳を持つ」という結果を得るに違いありません。和やかに胸襟を開いた対話を始められれば、自分の主張や意見を通す気持ちよりも妥協点や解決策を見出す気持ちを優先させることに繋がるはずです。
誰しも「自分の言いたいことを相手に理解させたい、分かってほしい」と話し合いを始める前から思っている訳ですから。
(遺産分割~主張の食い違いを丸く収められるか?その2 につづく)
                   (2024年3月:文責 小山田 真)