相続財産(遺産)はいらない!の意思表示は・・・

相続財産(遺産)はいらない!の意思表示は・・・

皆さんは、亡くなられ方の相続人として遺産分割に接したとき、ご自分でいろいろ対応を考えると思います。このとき、状況によっては「自分は何もいらない」と判断される場合もあると思います。本稿では、故人の残した財産については、承継する意思はなく遺産分割等には関わらないと決めたときの対応方法を考えてみたいと思います。

1.方法は「相続放棄」だけではない・・・

多くの方々は、「相続放棄」という言葉をご存じだと思います。しかし、遺産の承継をしないという意思を実現する方法は、これだけではありません。身近な例でいうと、遺産分割に際し「自分はなにもいらない」と他の相続人に宣言する等も考えられます。勿論これも、「相続分の放棄」と言って有効です。では、冒頭の「相続放棄」とはどんな違いがあるのでしょうか。
そもそも相続の法的解釈とは?から考えて見ますと、相続とは「個人が有していた財産上の権利と義務を承継すること」ということです。例えば、次の家族関係で相続を考えてみます。

  父A(故人):相続人BAの妻)、CAの長男)、DAの次男)

    :相続財産(遺産)~自宅、現預金、自宅補修に要した債務(銀行借入)
    :BCDの法定相続割合:B(1/2),C(1/4),D(1/4)

この場合、相続の原則を考えると、BCDAの残した財産上の権利義務全てを包括的に承継することになります。自宅と現預金は積極財産といい、債務は消極財産といいます。すなわち、前者は財産上の権利として、後者は財産上の義務として承継することとなる訳です。

実はこの債務(借金等)の有無によって、「相続放棄」と「相続分の放棄」では大きな違いがでてきます。Dがこの2つの放棄をする場合を想定してみます。「相続放棄」は、初めからDは相続人ではないと見做され、権利・義務を承継する必要なしという法的な効果を得るものです。それに対して、Dの「相続分の放棄」宣言による法的効果は、積極財産部分のみにしか及びません。要するに「相続分の放棄」では、Dは債務から完全に逃れられないということになるのです。仮にBCDの意向を認め、借金はBCが全て引き受けると合意したとしても、債権者である銀行には通用せず、銀行は借金の残額について1/4の割合でDに返済請求が可能な訳です。一方、このような合意は相続人間においては有効なので、Dが銀行の請求に対し応じたとしたら、その分をBCに求償するという対応になります。これらの背景を考えると、Dが債務承継から完全離脱の法的効果を得るためには、「相続放棄」を選択するということになります。

相続放棄 相続発生から3か月以内に、家庭裁判所にその旨を申し出る。
相続分の放棄 他の相続人全員にその旨を宣言(意思表示)する。

手続き的には、上記のようになります。違いがはっきりとご理解いただけたと思います。この2つには、もうひとつ注意があります。それは法定相続割合等に違いが生じるということですが、この点は後述します。

 2.その他の方法もある・・・

実はもうひとつ、「相続分の譲渡」というものがあります。これは、簡単に言うとDが「自分の相続分は兄Cに譲ります」と意思表示することです。相続分の譲渡の場合、実務的にはCD間での合意事項となるため、「相続分譲渡証書」をお互いで交わしておくことが通常です。この譲渡により、DCに自分の相続分(積極・消極財産とも)のみならず、相続人としての地位(寄与分主張や遺留分請求等の権利)をも譲り渡すことになります。しかし、当該合意も前述と同様「債務」については、債権者に対しては効力を有するものではないことに注意が必要です。なお、この譲渡は有償・無償を問いないこと、他の相続人Bの意向は関係がないことも補足しておきます。

また、細かい点で言うと「相続分の放棄」を選択しても「相続分の譲渡」と違い、「相続人としての地位」は保持し続けます。原則的に遺産分割協議の参加者であることに変わりはなく、遺産分割協議書にも「Dは相続財産を受け取る権利を放棄します」等と記載、署名・捺印することになります。

.最後に~補足

最後に前記1で触れました法定相続割合等の違いについて、補足します。

<法定相続割合の違い>※前記例でDが以下を選択した場合

相続放棄

Dは初めから、相続人ではなくなるので、Aの相続人はBとCのみ。従って、B:C=1:1。つまりBC/2づつ。

相続分の放棄

当初、B:C:D=2:1:1の割合だったが、Dの放棄によりB:C=2:1となる。つまりBは2/3、Cは1/3。

相続分の譲渡

当初、B:C:D=2:1:1の割合だったが、DからCへの譲渡により、B:C=2:2。つまりBC/2づつ。

なお、債務(借金)について、アは完全にDの債務履行義務がなくなりますが、イ・ウの場合においては、相続人間の合意等に関係なく、銀行(債権者)は当初割合(B1/2、C1/4、D1/4)で各自に返済請求ができるということに改めて注意してください。
また、「相続放棄」のその他の波及効果にも注意する必要があります。
例えば次の家族構成で考えて見ます。
 ・・・父A(故人):相続人BAの妻)、CAの長女)
この場合で、仮にCが「相続放棄」を選択したとします。勿論Bは相続人であることに変わりはないのですが、Aに実母D(祖母)が存在する場合、新たな相続人はBDになるということです。法定相続割合はそれぞれ2/31/3になります。
注目すべきは、「相続放棄」の場合、新たに次順位の者に相続権が生じる場合もあるということです。この点については、「相続分の放棄」や「相続分の譲渡」ではこのような適用がないこともここで補足しておきます。

これまで、相続に関する放棄の方法について解説してきました。「遺産はなにもいらない」という意思表示の背景にもいろいろあると思います。他の相続人のことを想いその権利を辞退するケースもあるでしょうし、借金等負の遺産承継を拒むケースも勿論あるでしょう。その中で「相続放棄」という選択は、半ば絶対的な権利行使ということになります。ここで、今問題になっている「空き家問題」について少し考えて見ます。自分にとって都合のよくない財産、例えば遠方や地方にある老朽化した故人の自宅や保有不動産等は、そこに居住しない者にとっては価値のないものであるケースも多いと思います。売るに売れないことも想定される中、むしろその管理負担を考えると相続放棄等の手段を使ってでも、相続人全員がその責任を回避したいと考えることもあるかもしれません。。しかし、仮に全員が「相続放棄」という絶対的手段を講じても、相続人以外の誰かが(相続財産管理人等)その管理を担うまでは、相続人としての管理責任は残ります。勿論「相続分の放棄」にしても、相続人としての地位はそのままである以上、他の相続人等が承継しない限り、当然管理責任は残ります。やはり、空き家化する等リスクのある遺産については相続人全員が話し合い、連帯責任において管理や処分方法につき話し合う等、放置したままで済ますようなことは回避すべきと思料します。

         

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                (20243月:文責 小山田 真)